昭和20年8月15日に日本国内や占領地などで天皇陛下からのお言葉がラジオから流れました。いわゆる玉音放送です。

しかし、玉音放送の内容は難しい内容で、当時の日本人にも理解しづらかったそうです。それでは、まず『玉音放送』が放送された背景から解説します。その後に現代語訳を試みます。

 

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昭和天皇による「終戦のご聖断」とは?


(皇居 提供:写真AC)

太平洋戦争末期の1945年(昭和20年)8月。

日本政府と軍部は連合国が出したポツダム宣言を受諾して降伏するか、拒絶して本土決戦か連日議論が交わされていました。

議論の間に広島と長崎に原子爆弾が落とされソ連が参戦する最悪の事態が起きます。それでも軍部内では徹底抗戦の意見が強い為に当時の総理大臣である鈴木貫太郎は御前会議で天皇に意見を求めます。

御前会議では天皇が質問を求める事はできても、自らの意志を述べるのはしないものとされていました。しかし、政府だけでは軍部を納得させて終戦へ向かうのが難しい為に天皇の御聖断が必要となったのです。

8月10日と14日に「敗戦を受け入れる」意志を示す天皇の御聖断が下されたのです。

 

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超訳『終戦の詔書』。現代語訳してみた。

(昔のラジオ 提供:写真AC)

ラジオで終戦を報せる玉音放送は「終戦詔書」または「大東亜戦争終結ノ詔書」と呼ばれる原稿を天皇が読み上げると言う内容でした。この詔書を書いたのは漢学者の川田瑞穂です。学者が書いた為に難しい言葉になってしまったのです。

では現代風の崩した言葉で玉音放送の要点を訳してみます。

「朕ハ帝国政府ヲシテ米英支蘇四国ニ対シ其ノ共同宣言ヲ受諾スル旨通告セシメタリ」

「私は日本政府がポツダム宣言を受諾したとお報せします」

終戦の詔書では「朕」と言う部分があります。これは天皇陛下が自分自身を指す言葉です。

「抑々(そもそも)帝国臣民ノ康寧(こうねい)ヲ図リ万邦共栄ノ楽ヲ偕(とも)ニスルハ 皇祖皇宗ノ遺範ニシテ朕ノ拳々(けんけん)措カサル所」

「日本国民の安全を図り国民の皆が栄えるのを共にするのは皇室の先祖代々から伝わる事であり私は願ってやまない」

ここは天皇が国民を思い終戦に至ったと表す部分です。
以下でも、そのようなお気持ちが分かります。

「而(しかも)モ尚(なお)交戦ヲ継続セムカ終(つい)ニ我カ(が)民族ノ滅亡ヲ招来スルノミナラス延(ひい)テ人類ノ文明ヲモ破却(はきやく)スヘシ斯クノ如クムハ朕何ヲ似テカ億兆ノ赤子ヲ保シ皇祖皇宗ノ神霊ニ謝セムヤ」

「戦争を続けても日本民族滅亡を招き世界の人類にも大きな傷を負う、そうなったら私が幾らかの人々を守り先祖に謝る」

徹底抗戦して本土決戦はしてはならなかったと言っているのです。
戦争の敗北については以下のようにコメントしています。

「交戦已ニ四歳(しさい)ヲ閲(けみ)シ朕カ陸海将兵ノ勇戦、朕カ百僚有司ノ励精、朕カ一億衆庶ノ奉公各々最善ヲ尽セルニ拘(かかわ)ラス戦局必スシモ好転セス世界ノ大勢亦我ニ利アラス」

「太平洋戦争が4年間も続き陸海軍将兵は勇敢に戦い、役人達は仕事に励み、国民も戦争継続に協力し尽くしたけど戦局は良くなる事は無く、世界の情勢も悪くなりばかり」

日本は全力で戦ったものの負けてしまったと書かれているのです。

■有名な箇所である「堪(た)ヘ難キヲ堪ヘ忍ヒ難キヲ忍ヒ以テ万世ノ為ニ太平ヲ開カムト欲ス」

「朕ハ帝国ト共ニ終始東亜ノ解放ニ協力セル諸盟邦ニ対し遺憾ノ意ヲ表セサルヲ得ス」
「帝国臣民ニシテ戦陣ニ死シ職域ニ殉シ(じ)非命ニ斃(たお)レタル者及其ノ遺族ニ想ヲ致セハ(ば)五(ご)内(ない)為(ため)ニ裂ク 且(かつ)戦傷ヲ負ヒ災禍ヲ蒙(こうむ)リ家業ヲ失ヒタル者ノ厚生ニ至リテハ朕ノ深ク軫(しん)念(ねん)スル所ナリ」

「太平洋戦争で日本に協力または同盟した外国の人々に無念である」
「日本国民に戦争で受けた身内の戦死や空襲などの戦火で家業を失う傷に対するお見舞いする」

前の部分で太平洋戦争で日本に協力または同盟した外国の人々に無念であると伝え、くわえて戦争で受けた身内の戦死や空襲などの戦火で家業を失う傷に対するお見舞いする言葉が述べられています。

そうした上で「耐えがたきを耐え~」につながります。

「惟(おも)フニ今後帝国ノ受クヘキ苦難ハ固(もと)ヨリ尋常ニアラス爾臣民ノ衷情(ちゆうじよう)モ朕善ク之ヲ知ル」

「今後の日本はもっと大変な苦難がある。それでも国民にはまごころの様な誠実さがあるのを知っている」

日本国民が苦難の逆境でも正しい心を持っていると信じていると言う意味です。そして、あの有名なフレーズが登場します。

「然レトモ朕ハ時運ノ趨ク所堪ヘ難キヲ堪ヘ忍ヒ難キヲ忍ヒ以テ萬世ノ爲ニ太平ヲ開カムト欲ス」

「しかしながら、私は時の巡り合せに逆らわず、堪えがたくまた忍びがたい思いを乗り越えて、未来永劫のために平和な世界を切り開こうと思うのである。」

その上で「堪え難きを耐え忍び難きを忍び」と言う表現になっているのです。耐え忍んだ先に太平の世の中を開く、平和な世の中を天皇は求めていると述べています。

「朕ハ茲ニ國體ヲ護持シ得テ忠良ナル爾臣民ノ赤誠ニ信倚シ常ニ爾臣民ト共ニ在リ若シ夫レ情ノ激スル所濫ニ事端ヲ滋クシ或ハ同胞排擠互ニ時局ヲ亂リ爲ニ大道ヲ誤リ信義ヲ世界ニ失フカ如キハ朕最モ之ヲ戒ム」

「私は、ここに国としての形を維持し得れば、善良なあなたがた国民の真心を拠所として、常にあなたがた国民と共に過ごすことができる。もしだれかが感情の高ぶりからむやみやたらに事件を起したり、あるいは仲間を陥れたりして互いに時勢の成り行きを混乱させ、そのために進むべき正しい道を誤って世界の国々から信頼を失うようなことは、私が最も強く警戒するところである。」

国内で米国に抵抗することなく恭順の意を示すようにと伝えていますね。事実、玉音放送の放送を食い止めようとした徹底抗戦派がいたわけですから(映画 『日本のいちばん長い日』)、そのようなことはせず、スムーズに終戦を迎えられるように注意をされているのでしょうね。

「宜シク擧國一家子孫相傳ヘ確ク神州ノ不滅ヲ信シ任重クシテ道遠キヲ念ヒ總力ヲ將來ノ建設ニ傾ケ道義ヲ篤クシ志操ヲ鞏クシ誓テ國體ノ精華ヲ發揚シ世界ノ進運ニ後レサラムコトヲ期スヘシ爾臣民其レ克ク朕カ意ヲ體セヨ」

「ぜひとも国を挙げて一家の子孫にまで語り伝え、誇るべき自国の不滅を確信し、責任は重くかつ復興への道のりは遠いことを覚悟し、総力を将来の建設に傾け、正しい道を常に忘れずその心を堅持し、誓って国のあるべき姿の真髄を発揚し、世界の流れに遅れを取らぬよう決意しなければならない。あなたがた国民は、これら私の意をよく理解して行動せよ。」

日本は決して滅びないと信じて、復興は大変な道のりになるけれども、将来の建設に全力を注いで、世界の流れに乗らないといけないと伝えられていますね。これで現代語訳は終了です。

終戦の詔書は天皇の戦争終結の願いとこれからの困難の先にある希望について書かれた内容だと分かります。

当時の日本人は理解できたのか?

(原爆ドーム 提供:写真AC)

ここまで解説した玉音放送の内容は果たして当時の人々は理解できたのでしょうか?放送直後は内容を理解できる人が周囲の人に意味を伝えたり、聞いた時の態度で理解したとも言われます。

このような状況を十分想定していたのでしょう。実は天皇が詔書を読み上げる放送が終わると、日本放送協会(現在のNHK)の和田信賢アナウンサーによる解説放送が流れました。これによって玉音放送の内容が理解できたのです。

しかし、電波状況が悪かったり、聴く側の機器の問題で「天皇が頑張れと言っている」と戦争継続の放送と勘違いした例もありました。

難解さのある玉音放送でしたが、内容を理解できた国民には戦争が終わった安堵感を与えたのです。

 

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